桑原廉靖歌碑
中村 仁彦
桑原廉靖(1915~2001)は、福岡市博多区東那珂にうまれ、同地で内科医院を営んだ。「歌と評論」の同人で、歌誌「かささぎ」の主幹を務めた歌人。大隈言道に関する研究をする傍ら、『象牙の聴診器』『黄落』『川下る蟹』『御笠川』の歌集を発刊している。1981年に福岡市文学賞を受賞。
この歌碑は、JR竹下駅から五分ほどの小高い丘の上の那珂八幡宮境内に立っている。八幡宮の周りはすっかり市街地化しており、住宅やマンションが建ち並んでいる。しかし地元の人に大切にされている様子で、拝殿は清掃が行き届いていて、とても気持ちの良い空間となっている。くすの巨木に囲まれている拝殿のすぐ左隣に二メートル近い大きな歌碑があった。
武者絵馬に少年の日の名はあ りて兵には召され発ちてゆき たり
今も拝殿の天井にはたくさんの絵馬が飾られている。氏子の男の子が小学校に上がった時から卒業をするまでの毎年、正月に奉納するしきたりがあるそうである。桑原氏が若いころも絵馬を奉納している。当時は、絵馬を奉納した男の子は「兵には召され」ていく。氏もその一人だったが、帰ってこなかった男の子も沢山いた。直接にはそのことには触れていないが、反戦の歌である。
この丘は須山古墳の史跡に指定されており、福岡市教育委員会の「那珂八幡古墳」の看板が立てられていた。そこには福岡平野の前方後円墳の中で最も古い古墳と記されている。氏が歌碑の場所として大宰府や観世音寺ではなくこの地を選んだ気持ちがわかるような気がした。そして突然浮かんだ言葉。
「戦争は悪だ。」



