松本千恵乃歌集『霧のメロディア』
奥村秀子(香春町・香春万葉の会)
『霧のメロディア』は第一歌集『蝶の声』に続く松本さんの第二歌集です。
作者は、現実にはないものにも耳をすませ、心を向けていきたいとの強い思いから、幅の広い歌がたくさん歌われています。
艶やかな黄色の口を開けたりて 鳥は鳥なりの声たずさえる
漁師らの鯨の捕獲が寄付となり 愛称「鯨学校」の新校舎建つ
唇弁を奥に秘め持つ黄すみれを 覗けば此処はすみれの世界
武士の地と商人の地をつなぎた る〈福博であい橋〉雨季もにぎ やか
古書店の紙あまやかに朽ちてい く匂いに惹かれ引き返したり
また、地理や歴史が好きで「自分の目で世界を確かめたい」という「好奇心だけで世界をめぐった」と書いておられるように、「スエズ運河」や「パナマ運河」も渡っておられます。
夢なかをリンドバーグの飛来碑 に海を湛えて今宵眠ろう
裏面史の説はともかく今はただ コロンブスの柩を見上ぐ
アルハンブラ宮殿に広がる夕日 わが胸の亡き人たちの歓声あが る
群青のまだき明けたりアンデス の空のまなかをコンドルは翔く
早朝の庭にいちめんに露時雨ナ スカ地上絵はカサカサだった
作品の中には、ご自身の身体が不調のことも。
わが胃痛を「共感疲労」と医師 の言うウクライナ侵攻を憂う日々
リラの花満開だったクレムリン、 ロシアの人らも親切だった
1000人の声に読まれる「生 きているということ」の声 海 越えて飛べ
居合わせた人らの声があぶりだ す谷川俊太郎の詩に満つる心
アウシュヴィッツ、いや、ポー ランドの元の地名オシフィエン チムに来たりしわれは
「死の壁」と「死の壁」の地に 銃音の連続炸裂 聴こゆ、この 地は
秋風が集団絞首台を抜けてゆく なまぐさいわれを脇に立たせて
詩の魔に一生酔いたし覆われる 霧のひかりは銀色のメロディア
聡明にして、力量のある作者の歌集を読んでください。

